100記事めというのは何か居心地が悪くて本当は手を出したくなかったんですが、「ためらう者は敗者」とか言いますから思い切って手を着けてみようと思います
9月22日にデンマーク首相メッテ・フレデニクセンとドナルド・トランプ、グリーンランド首相の3者合意が締結され、ここ暫く「買収」「武力併合」といった馬鹿げた言辞が飛び交った北欧の海にしばしの安穏が訪れそうです
デンマークは概ね小党の連立政権になることによって、日本やロシアに顕著な大政党による政治と国家の私物化を抑止し、その小政党を選ぶ時もイメージではなく政策を熟知することで投票する高いリテラシーを誇っています
合意ではアメリカがグリーンランドに2ヵ所の軍事拠点を造営することを認め、埋蔵量世界第8位というレアアースの優先的な採掘権と利用権を手にしました。
いったい当のデンマークとグリーンランドは何を得るんだと思いますが、頭のおかしいホワイトハウスに押し込み強盗を諦めさせ、クリミア乗っ取りよりは遥かにマシな結果にしたことは小国の忍耐外交として模範的だと思います
時事問題ならこの3者合意や国連総会を掘り下げるべきでしょうが、この件はもっと経過観察が必要かなと感じました
タイトルの「バルト」云々も旧聞に属することで、今取り上げる必然性はありません
強いて言えば、必ずしもスターでもカリスマでも論客でもないメッテ・フレデリクセンの頑張りのルーツは数年前に活躍したこの人たちにあるのかな、と思い到ったたので
バルト三国は北からエストニア、ラトビア、リトアニアになりますが2020年11月にリトアニアでイングリダ・シモニテが首相に就任、2024年12月に退陣、2021年1月にエストニアでカヤ・カラスが首相に就任、2024年7月に退陣、2023年9月にラトビアでエビカ・シリニャが首相に就任、2026年5月に退陣という流れです
三国の特色ですが、各々特異分野は
エストニアが「ソフトウェア」「ブロックチェーン」「電子政府」「サイバー防衛」
ラトビアが「製薬」「科学」「モジュール建築」「物流インフラ」
リトアニアが「バイオテクノロジー」「レーザー光学(精密機器)」「フィンテック」
と何か苦手なことあるのかな、というくらい匠の趣きがありますね
2024年2月、ロシア内務省がエストニア首相カヤ・カラスをロシアへの敵対容疑で指名手配のリストに載せるという仕儀となりました
指名手配の引き金はエストニア国内に残っていた軍事記念碑(戦車モニュメント等)の強制撤去です
ロシア側の激しい反発とサイバー攻撃、過去に暴動を起こしたロシア系住民の再暴動の惧れを完全に織り込んだ上で安全保障上のリスクを排除するために電撃的に撤去を断行しました
「私の正しさは向こうが証明してくれたようだ。向うの脅しに屈する予定はない」とSNSで一蹴し、この毅然とした決断力で外見には似つかわしくない「鉄の女」の異名を賜ったようです
そんな鉄の女に「EU上級代表(外相)」の栄転話が転がり込み、カラスは兼任ができないことから任期途中で24年7月に首相を辞任します
カラスの勝手でしょ、ということでしょうが私は少し違和感を覚えました
対露強硬派のうるさい首相を追い出したい層は存在したでしょうが、追い出す先がEU外相ではむしろ後押ししてるようなものですから違和感は無用なんですかね
夫が出資する物流会社がウクライナ侵攻後もロシアと取引していたことがマスコミに暴かれ、逆風を逃れたがった説もあるんですが、逃げた先でむしろ伸び伸びできれば怪我の功名です
ラトビアで人権派弁護士、内務省の政務官を長くやっていたエビカ・シリニャは、EU首脳会議などでその経験やスキルなどを縦横無尽に見せつけたようです
2025年末の欧州理事会で、ロシアやベラルーシがEUを不安定化させるために意図的に国境付近に移民、難民を送り込むハイブリッド攻撃を行っていた際、西欧の大国が「人道的な国際法」を盾に慎重な姿勢を崩さなかったのを見たシリニャは、
「欧州はまず自国の市民を守るべきだ。今の移民問題は国際難民条約ができた頃とは全く違う。1945年の常識を語るな」と大国の代表を一括したというのです
ラトビア国内で女性への暴力を防ぐ国際条約「イスタンブール条約」の批准を巡り保守派や親露派の政治家たちが「伝統的な家族観が壊れる」と猛反発したことがありました
これに対しシリニャは感情論ではなく実際に起きたDVの事件データや判例を1つずつ突きつけ、「貴方たちが守ろうとしてるのは伝統ではなく根拠のないステレオタイプ(偏見)だ」と徹底論破、見事24年に批准を勝ち取りました
2026年5月、ロシアからウクライナ製ドローンがラトビア領内に入って墜落、この時防衛省や軍の早期警戒アラートが1時間以上遅れるという失態が起きました
当時防衛省は連立を組む重要政党のメンバーで、彼をクビにすれば政権崩壊(内閣総辞職)に繋がるリスクがありました
しかしシリニャは一切の妥協を排し、「ラトビアはGDPの5%を防衛費に当てている。これは国民に対する重い責任だ。結果(明確な安全性)を出せないなら言い訳などいらない」と記者会見で述べ即座に防衛相を更迭しました
結果連立が崩壊し自らも首相を辞任するに到りましたが、その毅然とした態度は国内外で高く評価されました
リトアニアのイングリダ・シモニテは財務省生え抜きの技官、経済財政学者として財務大臣を務めましたが、その名声が轟いたのは2009年リーマンショックの際、若干34歳で財務大臣に就任した時です
当時のリトアニアはGDPが15%も縮小する国家破綻秒読みの段階にありましたが、シモニテはIMFからの屈辱的な条件つき融資を拒否し、自力で財政再建するために「給与カット、年金削減、増税」という地獄のような超緊縮財政を設計、断行しました
当然議会や他省庁の大臣から「国民が飢える」「経済が死ぬ」と猛烈な突き上げを喰らいましたが、彼女は全ての財政データとマクロ経済モデルを完璧に頭に入れた状態で議会に望み、相手の数字の矛盾や根拠のない感情論を完膚なきまでに論破したといいます
あまりの容赦のなさに政治家たちは彼女の前に立つだけで震え上がったといいますが、結果として国債のデフォルトを防ぎ、三国でも最も早い経済回復に繋げたわけです
まさにコンピューターつきブルドーザーの次元の存在感で、「気に入らなければ4年後に別の人を選べ」が殺し文句とのこと
一方でメタリカ好きのヘヴィメタおばさんだったり、ふてぶてしいけど憎めないキャラクターで三人の中で最も長い4年の政権維持に成功していますね
チャーリーズ・エンジェルなんて持ち上げましたが、この3人が揃って首相だったのは10ヶ月に過ぎないですね
直近の状況としては三国の首相はみな男性ですが、女性閣僚の比率は常に3割超えと依然として高いです
彼女らの功績は首相の性別があまり関心をもたれないような知的な空気を作ったことで、仮に今後延々と男性宰相が続いても特に違和感をもたれない気がします
デンマークも含め小国として国家のリソースを常に有効活用しなければならない宿命から知的努力を怠ることがなく、結果としてどっかの大国やその属国の島国みたいにポピュリズムや陰謀論が蔓延る土壌が極めて限定的、という羨ましい状況もあります
まあ本邦が真似できることは殆どなさそうですが、偽善からではなく国の成り立ちから台湾とウクライナに寄り添い続けるこれらの国の選択肢が増えるような外交アシストができれば、と今は願うだけです