混沌の時代の自由討論会

混沌の時代における政治や社会などの議題に関する自由討論会です。参加者募集中の共用ブログ。

ウクライナの自衛戦争

 私が定点観測している陰謀論系即時降伏論者(本人は即時停戦だと言っていますがね)がAIにこんな「質問」を出していました。

ロシア軍、撤退せよ - 弁護士 猪野 亨のブログ

ロシア軍が撤退するのが筋だとしてもロシア軍がどうやって撤退させるのかに対して、ロシア軍が撤退すれば良い、というのは問いを持って問いに答えているようにしか見えないのですが

 「ロシア軍がどうやって撤退させるのかに対して、ロシア軍が撤退すれば良い」なんてどこを見たのでしょうか? 「ロシア軍が撤退すれば戦争は終わる」という言説はありますが、それはどうやってという「方法論」ではありませんがね。質問するならきちんと調べて正確な引用を付してからでないとダメですね。

 「質問」が質問として成立していないのでAIの答えは言うまでもありません。そのレベルしか返さないので、このお粗末な国語力ではAIを使いこなせないという見本です。

 猪野亨氏はクレムリンのプロパガンダを散々垂れ流していて、いずれ取り上げようと思います。見本市ですから参考になります(笑)。

 

 さて、ロシア軍撤退のために、国際法で認められた自衛戦争を考えます。

 即時降伏論者はこの戦争を代理戦争と強弁します。それがどれほどまちがっているのか、さらなる詳細は別途述べることにして、ここではウクライナ民衆がロシア的な抑圧にどれほど苦しんできたのか、それを述べればウクライナにおける「ロシアからの解放」としての主体性が浮かび上がり、自衛戦争に対する理解も深まるでしょう。

 それをよく表している出来事がマイダン革命でした。なお、この時期の歴史を詳細にたどることが2022年の全面侵攻の考える上で非常に重要な意味を持つと考えています。

 Mariana Budjeryn氏による論考から一部を抜粋します。

www.brookings.edu

 

キーウは新興富裕層の莫大な資金が流れ込み、人口あたりのベントレー(注1)保有台数では欧州のどの首都よりも突出していると噂されていた。ヤヌコーヴィチ大統領自身は、キエフ郊外に豪華な宮殿を所有しているとされ、そこには私設動物園や浮かぶような大広間、金色のトイレまで備えられていたという。

一方、教育・医療サービス、公共機関や公共事業など、国家予算に依存する分野は依然として恥ずべきほどの惨状だった。(中略)

――老朽化した廊下、時代遅れのアナログ式教室、退屈極まりない教科書、低賃金の教師たち――は相変わらずで、黒板用チョークやトイレットペーパーといった基本的な備品すら保護者の負担に頼っていた。大統領が金色のトイレで用を足すような国が、学校の子供たちにトイレットペーパーさえ提供できないのだ。

「マイダン」広場で抗議活動を行うウクライナの学生たちにとって、「ヨーロッパ」とは未来そのものだった。それは腐敗した指導者たちによって閉ざされていた世界だった。「ヨーロッパ」とは、些細な官僚に賄賂を贈らずに済む生活を意味した。エラスムス交換留学制度を利用して他の欧州大学で学ぶ機会だった。ビザなしでシェンゲン圏を自由に往来できることだった。無免許運転のベントレーに轢かれる心配がないことだった。きれいな空気と飲める水の中で暮らせること、リサイクルや犬の糞拾いが習慣化されていることだった。公共資金が私腹を肥やすためではなく、公共の利益のために使われることだった。要するに、「ヨーロッパ」とは、選択の自由と尊厳ある生活を意味していたのである。

 ヨーロッパに対する幻想が一部にあったとはいえ、現状を抜け出したいという強いエネルギーが多くの民衆にあったことを見るべきです。

 しかしウクライナを勢力圏に置きたいプーチンにとってはそれが面白くありません。

 当時のヤヌコービッチ大統領がクレムリンの圧力を受けていたことは次の記事にあります。

Russia counteracts Ukraine’s moves towards the European Union (OSW 2013-08-28)  
  

 ロシアのIgor Shuvalov副首相は会談の結果について、EU経済圏への合流(注2)はロシアが提案するユーラシア経済連合(注3)とは相容れないものであると述べた。さらに、もしウクライナがEUとの連合協定および「深化的・包括的自由貿易圏(注2)」協定への署名を決定すれば、通関検査の強化やウクライナ製品への関税導入により、貿易協力がより困難になる事実を考慮しなければならないと言及した。
 ウラジーミル・プーチン大統領も8月22日に同様の趣旨の発言を行っており、その翌日には Sergei Glaziev 大統領顧問も、独立国家共同体(CIS)内における自由貿易圏協定の破棄を示唆してウクライナを牽制した。

 これと全く同じことをプーチンはアルメニアに対してやりました。宮武さんが書いてくれています。

raymiyatake09.hatenablog.com

さらに、プーチン大統領は5月29日にも、EAEU首脳会議が開かれたカザフスタンで、ロシアが侵略し続けているウクライナを引き合いに

「ウクライナの危機はEU加盟を試みた時から始まった」

と言ってしまったんですが、これはウクライナのようにEUに入ろうとするんなら侵略するぞと脅迫したも同然です。

 そもそも、プーチン大統領はNATOに入ろうとしたからウクライナを侵略したと言っていたんですが、そっちの口実はどうなったんでしょうね(笑)。

 ほんとにそうですよ。プーチンにとってNATO拡大は都合のいい口実でした。この恫喝を見るだけで2014年から続くロシアの軍事介入の大きな理由の一つには、「クレムリンが勢力圏を手放したくない」とわかるものです。ウクライナの自衛戦争の根源を考えるとき、同時に浮かび上がるのはプーチンの帝国主義的勢力圏構想です。トランプも露骨ですね。

 この勢力圏構想を猪野亨氏は次のように認めます。

そのトランプ氏がロシアに対して寛容になるのは必然でした。米ロによる世界分割とも言える状況です。分割が完了すればある意味では勢力圏をお互いに認め合うという形ですから、それ以上の紛争は終息するでしょう。
 停戦という観点からはどんな形であれ、停戦することは歓迎すべきものです。

 これまた19世紀思考ですね。この理屈に従えばベトナム戦争でもベトナムの徹底抗戦を厳しく非難するのでしょう。

 1954年のジュネーブ協定でベトナムが南北に暫定分割された後、南ベトナムは反共政権として成立し、米国が強く支持しました。アイゼンハワー政権からケネディ、ジョンソン政権にかけて、米国は「ドミノ理論」に基づき、南ベトナムを共産主義の拡大を防ぐ前線として位置づけ、大規模な経済援助・軍事援助・顧問団を送り込みました。南ベトナム(ジエム政権)側の弾圧から始まり、北ベトナムは抵抗闘争を余儀なくされます。即時降伏論者にとっては武装抵抗はケシカランということになるのでしょう。「どんな形であれ、停戦」ですからね。弾圧が続いたとしてもです。

 

 だいたい、世界最高の核兵器を持つロシアを侵略しようなんて考えるアホな指導者はいないでしょう。そんなことを想像する即時降伏論者は何でしょうかね?。妄想を膨らませ、それを前提に行動したら法の支配など吹っ飛びます。クレムリンと即時降伏論者は西側諸国に対する強い疑念を抱いています。 

 そもそもウクライナにおいてNATO加盟の民意など2014年当時は賛成が3割ほどでした(注4)。ウクライナが今にもNATOに加盟できるわけでもないにもかかわらず、プーチンは政変に乗じてクリミアを武力で強奪、東部に軍事介入を続けたのです(注5)。ウクライナが自衛をするのが当たり前じゃないですか。そしてこれがウクライナ国民のNATO加盟要望に拍車をかけ、2022年の全面侵攻で決定的にしました。自衛戦争、安全保障が担保されることは国民の総意でしょう。それは前国防省解任に抗議する民衆のデモが1ヶ月も続いていたことにもよく出ています。

 ウクライナの安全保障についてが鍵だった2022年の交渉がなぜ破綻したのか理解できず、軍事同盟を絶対悪とする即時降伏論者は、西側が交渉をぶち壊したと陰謀論を拡散しました。クレムリンは彼らの習性をよく知っています。だからuseful(役に立つ)なAsset(資産)なのです。クレムリンはプロパガンダを通じて資産形成をしています。

 

【注】

1,Bentley Motors Limitedはイギリスの高級車販売会社

2,wikipedia:Deep and Comprehensive Free Trade Area

3,wikipedia:Eurasian economic integration

4, ウクライナ国民、EU加盟支持87% NATO加盟支持86%、グラフにある2014年当時の割合を参照。

5, ドンバス紛争の起源はいつか別途述べます。ここでは元GRU・ワグネルグループの将校 Igor Salikov 氏の証言をご覧ください。

「ドネツクでは偽旗作戦が行われ、民間人を脅迫、殺害し、民間人居住地域に地雷が仕掛けられ、多くの死者を出した。これには子供も含まれる。ドネツク市自体を分離主義者が砲撃した。これらすべては、ドネツクの状況を悪化させ、ウクライナ軍が同国の東部ロシア人住民に対する暴力の責任を負うという非難をするために行われた。」

 

〔参考〕

マイダン革命は、強権政治からの脱却を目指した運動であったものの、国際機関の調査が明らかにした通り、そのプロセスには「旧体制による治安暴力」と「新体制・過激派による法秩序の弛緩、マイノリティ疎外、そして流血の惨事」という「影」がありました。極右の台頭はプーチンに利用されました。社会、歴史の複雑さを読み取って下さい。

 2014年3月18日、政党「スヴォボダ」の代表であるイゴール・ミロシュニチェンコ議員ら同党員がウクライナ国営テレビ局を訪れ、同局の局長であるオレクサンドル・パンテレモノフ氏を脅迫・暴行し、辞表への署名を強要した。検事総長代行はこの襲撃事件の捜査を行うことを約束し、当局もこの事件を非難した。

https://reliefweb.int/report/ukraine/report-human-rights-situation-ukraine-15-april-2014

16ページ、段落69

 

 右派セクターのスヴォボダ党はその後支持を失っていきます。

2014年6月初旬の執筆時点で、右派セクターとその指導者ドミトロ・ヤロシュ(「トライデント」の指導者でもある)が、この目標を達成するために必要な全国得票率5%を獲得できる可能性を示唆する世論調査は一つもなかった(ウクライナの比例代表制では、政党が議会に議席を獲得するには5%の得票率の壁を突破する必要がある)。

4ページ After he fell~の段落

(PDF) The Maidan and Beyond: Ukraine’s Radical Right

 しかしプーチンはウクライナの極右をプロパガンダに利用します。そのプロパガンダは猪野亨氏にも浸透しました。猪野氏は反ワクチンの陰謀論者、岩上安身 氏を真に受けています。アゾフ連隊による問題行動は2017年頃までありましたが、以降は沈静化しているようです。(Wikipedia:アゾフ旅団_(ウクライナ国家親衛隊)#問題行動)