混沌の時代の自由討論会

混沌の時代における政治や社会などの議題に関する自由討論会です。参加者募集中の共用ブログ。

安全保障環境が厳しい!と経済を自滅させてどうする!

 皆さん、こんにちは。  
広島から、未来の安全保障と私たちの暮らしについて、今日はどうしてもお伝えしたいことがあります。

いま政府は「安全保障環境が厳しい」と繰り返し、軍事費を過去最大規模で増やそうとしています。  
しかし、私たちは本当に“今が最も危険な時代”に生きているのでしょうか。

思い返してください。  
かつて東アジアでは、もっと直接的に人命が奪われる事件が次々と起きていました。

ラングーン爆破事件。  
大韓航空機の撃墜事件。  
日本人拉致事件。  
金大中氏の日本国内での拉致事件。  
ソ連による撃墜事件もありました。

あの時代は、国家の暴力が実際に市民の命を奪っていた。  
それでも当時の日本は、軍拡一辺倒ではありませんでした。  
外交の幅を持ち、対話の可能性を探り、地域の安定をつくろうとしていた。

では、なぜ今だけ「軍事力の強化こそ唯一の道だ」と語られるのでしょうか。

問題は、状況が極端に悪化したからではありません。  
変化した安全保障の現実に、政治が対応できていないからです。

現代の脅威は、昔のような爆破や撃墜だけではありません。  
サイバー攻撃、経済依存、情報操作、気候危機、パンデミック。  
軍事力だけでは守れない領域が広がっています。

それなのに政治は、相変わらず「国家の論理」だけで世界を見ている。  
軍事と同盟だけに頼り、市民社会の力や地域の記憶を政策に生かそうとしない。

そしてもう一つ、重大な問題があります。

軍事というものは、基本的に“破壊”を前提とした力だということです。  
どれだけ最新鋭の兵器を揃えても、その目的は相手を破壊すること。  
軍事力は必要な側面もありますが、それだけで平和がつくられるわけではありません。

さらに、いまの政治が語らない現実があります。

インフレが続くこの状況で軍拡を優先すれば、私たちの生活の安全保障が脅かされるということです。

物価は上がり、電気代も食料品も負担が増えている。  
子育て、介護、医療、教育――どれも現場は限界に近づいている。  
そんな中で、何兆円もの軍事費を一気に積み増す。  
そのツケは、結局、国民生活に跳ね返ってきます。

そして、もっと深刻な矛盾があります。

経済が破壊されれば、防衛費を増やそうにも増やせない。  
そんなブラックジョークのような事態すら起こり得るのです。

軍事力を支えるのは、私たちの暮らし、私たちの経済です。  
生活が疲弊し、地域が衰退し、社会保障が削られていく国が、どうやって持続的に防衛力を維持できるでしょうか。

安全保障とは、本来、  
国民の命と生活を守るための総合的な仕組み  
であるはずです。

軍事力だけを膨らませ、生活の基盤が弱っていく社会を、果たして「安全」と呼べるでしょうか。

広島は、破壊の現実を知る街です。  
だからこそ、軍事だけに未来を預ける危うさを、私たちは誰よりも理解しているはずです。

必要なのは、軍事力に偏らない、  
外交・経済・市民社会を含めた“複合的な安全保障”。  
そして、暮らしを守るという当たり前の政治です。

広島から、問い直しましょう。  
「何を守るための安全保障なのか」  
「誰のための国家なのか」

未来を選ぶのは、私たち市民です。  
ともに、暮らしと平和を両立させる政治をつくっていきましょう。  
ありがとうございました。

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漂流労組ー労働組合が目指す未来像

 何年か前に金属労協が出している機関誌に書いてありましたが、男女共同参画に対する国際的な労働組合シンポジウムでヨーロッパの代表から「社会人には3つの生活があり、それは職場、家庭、地域社会である。それらを3つの生活の責任を果たさなければ社会人とは言えない。日本の男性はどうか?」と問われた時、日本代表は反論できる人はいなかったそうです。この3つの生活をバランスよく調和が取れ、有り体に言えば「暮らしを良くする」というものが労働組合の政治運動の根幹だと私は考えます。

 

 日本の労働組合は世界中類を見ない企業別労組ばかりで、現在は地区労が衰退し、産別も単組の単なる連合体となり春闘ですら単組中心で行います。産別に権限がある組織もありますが、少数派です。かつて私の出身産別は個別交渉方式ではなく中央集団交渉方式でしたが、それも歴史になっています。現在は本当に横の繋がりが無くなりました。本来地域に根づくナショナルセンターの地方の拠点というものが必要ですが、皆様ご想像通り成り手不足、組織率の低迷、無関心層の増加などマイナスな面を上げるとキリがなくなります。

 

 政治運動に関しても、よく言われるのですが「政治に無関心でも無関係でいられない」というものが重々承知している役員の絶対数も減らしている現状です。緊張感がない労使関係の中で、会社が本気で労組潰しを行い、ほとんど壊滅状態にさせられた数年前に起こった「函館バス闘争」は日本の労働運動の契機になってほしいです。私も思わず言ってしまうことがありますが、かつての労働運動家労使協調という言葉を旧同盟やJC共闘の役員ですら言わなかったです。協調という言葉は相手に欠陥があったり、間違いがあったりしたら、それを指摘できなくなる。あくまで労使は協力する事で対等な関係を維持できるという話を総評、同盟関係なく私の先輩たちは労使の決定的な違いをよくそのように論じていましたが、忠告してくれる人はもう随分少なくなりました。

 

 国民民主党は顕著に、立憲民主党にも感じる事があり実際に伝えた事もありますが、現在の民主党は労働者の党でもなく経営者の党でもない。株主の政党になっています。一昨年の衆院選で私は非常に疑問に感じましたが、選挙演説後に党員かまたそれに準じる人からSNSで上げる写真を撮っており、それがステータスかのようになっている事から長期的な視点としてそれは良くない、有権者不在のファンクラブのような小さな枠組みで満足しているというような事を私以外にも多くの人から言われたと思いますが遂に直らず、現在の政局があります。id:suterakuso 様が指摘する労組の執行部に望む事、労組に期待している事を実現するには、やはり普段の単組役員の活動量が企業別で収まっているため、ルーティンワークをこなすだけの1年になっています。積極性を失い、普段放っているのに選挙になれば労組はこういう政策があると言ってもついて行く人は少ないでしょう。私も一昨年まで役員をしていましたが、退任して1年と少し外から見てみるとその存在感は緊張感あるどころか希薄です。一時期、特に岸田文雄政権の頃自民党と連合など労組が連携すると言われていましたが、元役員から考えると少なくとも産別にも単組にも協調はできても、協力はできるほどの力がなく全て政権の都合がいいような労働行政に変わってしまうと思われます。労働組合自身も時代の変化によって組織は低迷していますが、私含めて役員の責任はなかったのか?と自問するばかりです。まだ違う方法があったのではないか?

 

 労働者に祖国はないとマルクスは言いましたが、21世紀に入ればその言葉は修正が必要です。国際資本には祖国を持たないですが、労働者には祖国も地域も家族も職場もあり、それらをしっかりと責任を果たしてから国際連帯の労働運動の下地ができ、グローバル企業の横暴に対抗できる力がつくと考えます。だからこそ2003年に出された「連合評価委員会最終報告書」に出されたように「社会の不条理と闘う事、自分より弱い人の立場にある人と闘う事」ができる体制に労組も改革の1年です。

 正直言えば今次の政局で言えば私は言いたい事は山ほどありますが、それはきちんと全部言葉にして伝えます。多くの人が参加できる社会運動として労働運動がなければ、私達は21世紀に消滅する危機感を持って取り組んでいます。実を言うと私ごとですが、我が家も息子が受験生であり、仕事も学費を稼ぐため最近は通し勤務もやるようになったので、地域社会への責任は社会人として果たせていないですが、必ず労働運動が身近である社会を目指しています。目指すべき社会像を示せていないのは、政党もそうですが中間団体の大半も該当するでしょう。それを取り戻すための闘争が始まっています。

今、労組執行部に望むこと

 高市の個利個略解散、壺隠し解散、維新の国保逃れ隠し解散(てか、維新なんて隠しで解散してたら何度解散してもキリがないじゃないか…あ、自民も同じか…)に風雲急を告げ、公明と立民が中道改革連合なる新党を結成することになりました。ここで、本来、政府に政府本来の役割を果させる上で重要な団体とならなければならない、労働組合に、各政党とのあるべき対峙の仕方を訴えたい(…あんたが? こんな場所で?というのは置いときます…)ので、雑でもよいので、一つ書ければと思います。

 まず、トレーラーとして、私の次のブコメを紹介したいと思います。

国民民主、子育て支援金を廃止 「もっと手取り増やす」―衆院選政策案:時事ドットコム

タイトルはともかく基本的にジコセキニン党なんだよ。リーダーも信者も。テドリヲフヤス教。

2026/01/17 08:36

b.hatena.ne.jp

少し解説をすると、タイトルはともかくというのは、玉木が言う子育て支援金廃止というのは、支給としての子育て支援金の廃止ではなく、社会保険料の徴収の名目としての子育て支援金廃止であり、社会保険料軽減からの「手取りを増やす」だからです。しかし、結局、玉木が訴えているのは、小さな政府であり、そして、これまでの玉木榛葉の道化のような振る舞いは、畢竟、時の権力者の小さな政府路線への迎合、阿りにしか繋がっていないというのは、しっかりと確認しておかなければなりません。要するに玉木榛葉もその信者もジコセキニン厨であり、現在の、帝国主義とも言うべき資本主義の弊害が猛威を振るう環境下においては、決して労働者がそこに身を落としてはならない、テドリヲフヤス教という邪教徒たちなのです。しかしながら、トランプ帝国主義瓜二つと言ってよい高市と対峙するためには、戦略的にこの邪教徒たちの力も一時的に借りる必要もあるかもしれないし、そもそもこの邪教は、労働者の党という性格を帯びた党を換骨奪胎して成立しているという経緯もあります。ですので、労組の執行部の人たちは、彼らはどうせ裏切るということを常に踏まえておかなければならないし、これ以上、この邪教に労働者がたぶらかされないように、慎重に組織下やその周囲の労働者たちに発信していかなければならないと思います。その柱は、小さな政府は何ら労働者たちの味方ではない、ということになると思います。ただし、今は、密教顕教の使い分けが残念ながら必要だとは思います。しかし、その使い分けをこの邪教への道としてしまっては元も子もないのです。

 さて、次に、立民が公明と組み、「中道新党」を結成するということについてです。私が自公、あるいは自自公政権の政策でいつも苦々しく思っていたのは、公明が一時給付やクーポンを異様に好む傾向があるということです。もちろん、一時給付は緊急対策として必要ですが、一方で容易に政権のおもちゃとして弄ばれてしまうものでもあります。そして、公的保険を含めた広義の徴税権を、このおもちゃや依怙贔屓のために維持しようとしているというイメージが、菅、岸田、石破の支持率急降下につながったといっても過言ではないでしょう。(石破については、セッキョクザイセジャナイ派…その正体はもっと権力がほしい、依怙贔屓したい、でしょうか?…とのお家騒動によるところが大きいですが。)そして、それはイメージではなく、実際、そうした点では、自公政権は政府の規模を維持しようとしたし、高市も間違いなくそうする…軍事費、コノクニヲツヨクスルという名目で…というのは真実と言えます。ですので、特に連合系の労組に求めたいことになりますが、この新党がそうした政策に傾くことを強く牽制してほしいと思います。では一時給付ではなく、どういう政策を求めるべきか? その答えは、岸田政権退陣時に私が『鍋パーティーのブログ』に書いた次の記事の紹介ということにしたいと思います。

nabe-party.hatenablog.com

野田は彼なりの信念だった消費税による健全財政を捨てたのか、この新党は消費税減税も掲げるという話が出ていますが、この党には、本当は、立民がその政策に傾きかけていた給付付き税額控除を掲げ、その理解と支持を広げることを求めたいし、労組にはそういう方向で働きかけてほしいと思います。ただし、やはり戦略的な事情が絡んでしまうのでしょうが。あと、もちろん、これは再分配機能、ビルトインスタビライザー機能を回復した上での一時的な対策を否定するものでは全くありません。

 さて、もう一つ、政界再編ともいえる現在の動きの中で、労組執行部に望むことですが、今度は、次の私のブコメをトレーラーにしたいと思います。

大川原冤罪事件の賠償金「捜査員が負担を」 都監査委員が異例の勧告:朝日新聞

これ、同じように森友問題の賠償金を佐川に負担させれないの?/今衆院選で野党は大川原事件や森友問題の政治の責任の国会での究明を公約に入れればよいと思う。もちろん、壺問題も。物価高と生活支援?当然でしょ。

2026/01/17 08:13

b.hatena.ne.jp

これは、もちろん、工作員かと陰謀論にも傾きたくなるイツマデツヅケルノカ派(←へ? いつまで隠すのか、はい論破、だよね)や、それだけでなく、先の参院戦で、裏金問題?どうでもいい、そんなことより、的な発言を繰り返しつつ支持を集めた神谷参政党を中心とした勢力を念頭に置いたブコメになります。これらの勢力の台頭というか社会への揺さぶりというかに対して、モラルもなく依怙贔屓をする政党が国民全体の生活を保障できるはずがないだろという、当たり前のことを当たり前とする世論形成の一助になることや、そういう方向の公約を掲げるように各党に働きかけることを、労組には求めたいと思います。そこに絡めるべきは、やはりトランプの蛮行です。私の前回の投稿の繰り返しになりますので、これもリンクを貼ることに止めます。

free-discussion-in-time-of-chaos.hatenadiary.com

 最後に、なぜ労組だけに、それも執行部に求める?という疑問も当然あるかとも思いますが、それは、このさながら帝国主義の時代には、やはり労働者の側からの運動が必要だと思いますし、労組にはいろいろ思うことはありますが、その中で、レバ子さんのように懸命に時代と戦っている人たちがいて、その人たちの少しでも一助になれれば、という思いによります。って、迷惑なだけかもしれませんね。あと、デマが飛び交うSNSが形成する世論に対する健全な地上戦が必要で、そこでの活躍を期待したいからです。

 あと、労働者という言葉を少し連呼していますが、そうなってくると、私の書く書く詐欺状態の『鍋パーティーのブログ』への書きかけ記事の中にある、「ここでの資本家の定義」という部分を示した方がよいかもと思うので、コピペします。

「資本家」という言葉について、ここでの簡単な定義をしたい。それは、大小問わず、投資資金や株式や債券や生産設備や土地を持ち、その運用により利益を得ようとする人や組織を指すものとする。ここで注意が必要なのは、今の時代、それはマルクス主義で対置される「労働者」と必ずしも分けられるものではないし、基金運用などの形で政府機関がそうした所有者になっていることもあるということだ。労働者や元労働者でありながら、あるいは、国家の一員であるというだけで、そのように意識していなくても、資本家であり、資本家的な論理で社会に働きかけるということが、今の時代には普通にあるのだ。よって、個人の中で、資本家と労働者とが意識無意志に対立していることもある。そのような人たちも含めて、あえて資本家とここでは呼ぶということを押さえておきたい。

 なお、少し余談になるが、岸田政権が強く打ち出した「NISA拡充」「資産所得倍増」などを見ていると、人びとの多くを小資本家とすることで、彼らを資本家的に振る舞わせるとともに、大資本の安全弁にしようという企てが進められているのではないかとも思われる。そういう意味では、マルクスの時代より今の時代の方が、より人格を伴わない資本の論理が、社会を支配し、脅かしているのではないか。(そこにマルクスの慧眼を見るかどうかの議論には、私には何の熱意もないが。)

 基本的に、資本家対労働者における労働者って、少なくとも現代においては、エッセンシャルワーカーに代表される、何かの形でこの社会の役に立つことで生きていきたいという立場の人たちという要素が強いと思うのですよね。その人たちがうまく団結できていない。それが現代の大きな病理だと思うのです。

ケインズ「マルクスはデビッド・リカードの亜流にすぎない」は本当か

巷では「立憲公明党の誕生か」と期待や失望の声が上がっているようです

そもそも高市早苗が重鎮たちの意向も無視して解散総選挙に踏み切ろうとしているのは、高支持率の内閣発足を最も喜ぶマスコミが高市を「人気者」とおだてまくった結果ですので、マスコミに予算成立の遅れを懸念する資格はありません

 

まあ立憲公明党については、実現すればホワイトハウスのアホによるベネズエラ乗っ取り同様「意表を突く」効果はあります

どうせ以前の新進党の二の舞になるだけ、との冷ややかな声が多いですが、選挙までに旗揚げができなくても行先のはっきりしない公明票をやや野党側にバインドすることはできそうです

 

ってなことを言ってるうちにもう300字に届きそうなので本題に入りたいのですが、今までと趣向を変えて歴史上の人物の発言を取り上げて考察する、というのをシリーズ化できたらなと思ってます

 

ケインズのこの発言は彼の主著『雇用・利子及び貨幣の一般理論』(1936)の中にこの文章のまま出てくるのではなく、「リカードから派生したマルクス主義という下等な系譜」とかなり敵意剥き出しの罵倒表現によって書かれてます

 

デビッド・リカードは「労働価値説」を代表する19世紀イギリスの経済学者で、TPPの理論的支柱となった「比較優位論(比較生産費説)」の代表的論客でもあります

ケインズマルクスのどこが彼の亜流で、亜流だと何が問題だと見做したのか

 

ケインズにとってリカードは、「市場は常に均衡し、過剰生産は起こらない」という《セイの法則》を経済学に定着させた元凶でした

ケインズマルクスリカードの労働価値説(価値は労働の投入量によって決まる)をそのまま受け入れ、それを資本主義の崩壊という極端な結論に導くために利用したと考えました

ケインズから見ればリカードマルクスも「供給側が経済の規模を決める」という古典派の古い枠組みに縛られており、「需要こそが経済を動かす」という《革命的》視点に欠けていました

 

彼は友人の手紙等でマルクスの『資本論』を《現代の知的な謎》《科学的に無価値》と酷評してるようです

数学者出身のケインズにとって数学的証明に乏しいこの大著は徒労のエンターテインメント本と映ったようです

 

この批判にはマルクス同様ケインズにも設計主義として批判を向ける新古典派マネタリズム系の論者も同意してるようです

1870年代の《限界革命》以降、「価値は主観的な効用で決まる」と見做す彼らは労働価値説否定の一点に於いて例外的に意見の一致を見ているようです

 

しかしケインズマルクスを評価した側面も存在します

ケインズは古典派経済学が「貨幣は単なる交換の手段」と見做したのに対し、マルクスが「貨幣そのものが利殖を目的化するようになり、それが原因で生産が滞る(不況が起こる)」と見做した点には強く同意しました

ケインズ自身も人々が将来不安から貨幣を溜め込む「流動性選好」を招くと唱えたため、この点ではマルクスが古典派の限界を超えていると見たようです

 

で、マルクスリカードの亜流と見做せるのかどうかですが、覗いたサイトではみな「マルクスリカードを批判的、発展的に継承しており、エピゴーネン(追随者)ではない」と異口同音に書いています

どう発展的に継承してるのか、経済学なんて何も解らない私にはチンプンカンプンですが、もし労働価値説が誤謬若しくは現代で無効であるとしても、マルクスは先達たちの仕事を集大成したと言えるので亜流とは呼べない、という落としどころになるでしょうか、、、

 

いや、歴史上の人物の発言は私には荷が重そうです

「男塾の名言」ぐらいじゃないと(笑)

 

 

トランプ好きでプーチン嫌い、異能の大統領ナヴロツキは信頼できるか

また10日ほど更新がありませんので、引き続きマイナー路線で頑張ってみたいと思います

「ナヴロツキ」と聞いてどこの大統領かすぐ判る人はどれほどいるでしょうか

前取り上げたオランダよりさらに地味なポーランドの大統領なんですが、地味ながらもここを取り上げることには必然性があると思ってます

 

それは経済、軍事のハードパワーに関する目覚ましい躍進で、G20もメキシコや韓国より勢いだけならオランダやポーランドなどの中堅国を入れたほうが良いのでは、とさえ思います

 

人口3,800万のポーランドは今年の成長予想が4%とEU平均の1.5%を大きく上回り、対GDP費5%の軍事力も米国製エイブラムス戦車やF35戦闘機、韓国製K2戦車などを備えロシア軍を圧倒できるレベルです

2026年中には「欧州復興資金」から6兆円規模の資金が流れ込み、ロシア依存度がほぼゼロというエネルギーインフラの拡充を促し2030年までに再エネ比率50%の実現に近づける計画です

 

カロル・ナヴロツキ(42)は去年6月の大統領選で辛勝した若手の歴史学者で、ドナルド・トランプとは昵懇です

若くてイケメン、ボクサー経験もある彼はリベラル派の現首相トゥスク(68)より「好感度」では倍近い支持があるという調査結果もあるようです

 

ポーランドの大統領は名誉職ではなく、下院の多数派が指名する首相による法案、予算案に対する「拒否権」があるということで、彼も8月の就任以来これを乱発してるようでポーランド内政の視界不良の主因となってます

 

私はこの人が期待できるから取り上げたのではなく、むしろ逆なんです

この人自体は保守派として、反移民、反LGBTのネトウヨ政治家にすぎません

しかしポーランドは右も左も「反ロシア」では一致しててブレがなく、世論、言論がプーチン汚染されてないという稀有な国なんです

右も左もプーチン好きだらけでそれが悪目立ちしてるどっかの島国と大違いです

 

欧州ネトウヨの黒幕、ハンガリーのオルバンも彼の当選を喜ぶ一人ですが、ナヴロツキは彼のロシアびいきがどうしても腹に据えかねる時は会談をキャンセルしたこともあったようです

でもウクライナ自体への接し方は当然トゥスクとは違い、NATOにも加盟するべきではないし「援助を求めるなら❝ヴォルイーニ虐殺❞の清算が先だ」と独自の要求を出しています

 

これは第2次大戦中にウクライナ民族主義者バンデラがポーランド住民を10万人以上虐殺したとされる歴史的事件で、ナヴロツキは公式の謝罪や遺体発掘作業の許可などを求めてます

この事件の重要性が他国にはよく判らないので何とも言えませんが、関係強化に繋がるならウクライナの前向きな対応を期待したいです

 

あと先頃の「ベネズエラ侵略」についてですが、彼はまだ公式に言及していません

ウクライナ対応と矛盾ができないように慎重を期しているんでしょうが、「沈黙は金」とは言えませんから何か言うべきでしょう

 

しかしまあ、アホ政治家がアホなことをやるだけの我が国と比べりゃ、オランダもポーランドも政治が「人間臭い」のは羨ましいですね

今年は否応なくポーランドは目立つと思うんですが、実際には総選挙は来年2027年なので気長にウォッチしたいです

 

人びとがトランプを見る時に持つべき視点

 多分、短めの記事になると思います。みなさんのトランプ記事に触発されて、そして、この時代への怒りに任せてのものになりますが、既に記事を書かれている大御所のみなさんに比べると、薄いものになるとは思いますが、ご容赦ください。

 さて、人びとがトランプを見る時に持つべき視点、そのように人びとに訴えていくべき視点は、なぜ、依怙贔屓を主張する人間が、あなたを依怙贔屓するなんて信じられる?ということです。アメリカ・ファーストですか。果たして、どのくらいの厚さの人たちが、自らの境遇に対する虐げられた思いや、不条理な思いから、あるいは、たんに損得勘定から、トランプを絶対的・相対的に選んだのかは分かりませんが、トランプはこれからも、イーロンのような人物やロシアのオリガルヒや中国の太子党のような連中と世界を分割することばかりに明け暮れ、アメリカ国民の貧困の広がりになど興味を持たないでしょう。そして、多くのアメリカの立場の弱い人を、世界の罪のない人を殺し合いの中に放り込んでいくのでしょう。それさえも、新たな利益分割の梃子としながら。

 トランプ、プーチン習近平高市、小池…依怙贔屓を主張する人間こそ、最も政治家として権力を握らせてはならない人間だというのは、既に歴史が証明しているはずなのに、もう一度、私たちはそれを学ばないといけないのです。そのために、この視点を人びとに広く提示していくことは大切だと思います。

 米国のベネズエラ侵攻という暴挙を許せば、台湾の自治も人権も守れなくなる

  「米国のベネズエラ侵攻という暴挙を許せば、台湾の自治も人権も守れなくなる」

皆さん、広島瀬戸内新聞・庶民革命ひろしまの佐藤周一です。

今日は、世界の平和と、私たち市民の安全保障に直結する重大な問題についてお話しします。

アメリカがベネズエラに武力侵攻し、大統領を拘束したと発表しました。  
これは国連憲章が最も禁じてきた 主権国家への武力侵略です。  
自衛でもない。国連の承認もない。  
国際法の根幹を揺るがす行為です。

そして、この暴挙が最も危険な影響を与えるのは、  
台湾のように国際法上の地位が弱い地域です。

台湾は事実上の民主国家ですが、  
日本もアメリカも「中華人民共和国が唯一の代表」と認めています。  
つまり台湾は、ベネズエラよりも法的保護が弱い。  
だからこそ台湾は、言葉一つ、外交一つに神経を使い、  
綱渡りのバランスで自治と人権を守ってきた。

しかし今回の米国の行為が黙認されれば、  
そのバランスが一挙に崩れます。

中国が台湾に対して、  
米国やロシアやイスラエルのような“正面からの侵攻”をするとは限りません。  
むしろ現実的なのは、  
「悪く見えない程度」の圧力で、  
台湾の自治や人権を少しずつ崩していくシナリオです。

経済依存を強める。  
情報空間を操作する。  
政治的分断を煽る。  
法制度を徐々に変える。  
軍事演習で心理的圧力をかける。

こうした“浸透”は、国際政治で最も使われる手法です。  
そして今回の米国のベネズエラ侵攻が、  
その正当化材料として利用される危険性が極めて高い。

国際政治は“前例”で動きます。  
アメリカが主権国家に武力で介入し、  
それが国際社会で十分に批判されなければ、  
他の大国はこう言いやすくなる。

> 「アメリカがやったのだから、我々も同じことをしてよいはずだ」

その結果、  
台湾の自治も、  
ウクライナの主権も、  
パレスチナの人権も、  
すべてが危うくなる。

だからこそ私は広島から訴えます。

武力による現状変更を許すな。  
国連憲章を守れ。  
市民の自治と人権を守る国際秩序を取り戻そう。

広島は戦争の痛みを知る街です。  
だからこそ、この声を世界に届けなければならない。

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